山本太郎:
さぁ、続きまして。2019年に旗揚げをされた、れいわ新選組。最初の選挙、参議院選挙で2議席を獲得致しました。憲政史上初、ALS難病患者の国会議員が誕生したわけです。続いて発言をする者は舩後靖彦、舩後靖彦です。

舩後靖彦:
代読致します。皆さん、こんにちは。れいわ新選組、参議院議員の舩後靖彦です。私はれいわ5人の議員中、一番年上なので、「ふなちゃん」と呼んでもらいたいのですが、全然、誰も呼んでもらえません。そこでお願いです。もし、今日の私の話の中で良いところがあったなら、「ふなちゃん」と呼びかけてくださいませ。では、真剣モードに切り替えます。

私は3年前の参議院選挙で山本太郎代表が立ち上げた新党、れいわ新選組の比例特定枠候補として出馬し、同じ重度障害者の木村英子議員と共に国会に送り込んでもらえました。感激でした。地方選挙で落選した経験があるので、大きな声では言えませんが。24時間介助が必要な2人の重度障害者、しかも私は人工呼吸器をつけ、声を出して話すことができないALS患者。その2人を比例特定枠に据えたことは、障害福祉に関わる人だけでなく大きな反響を呼び、れいわ新選組はいち早く参院選の台風の目となったのです。しかしながら、障害当事者の政策決定の参画の必要性を理解し、私たちを国会に送り込んでくれた太郎さん自身は議席を失ってしまいました。個人では、比例候補トップである100万票近くを得ながらも、その後、太郎代表はご存じのように、昨年10月の衆議院選挙に見事に、見事に当選。れいわ新選組は、たがや亮議員、大石あきこ議員の3人の衆議院議員と2人の参議院議員がいる政党になりました。しかし残念ながら、まだまだ少数派で、国会の中での影響力は小さいです。

今、日本は長引くコロナ禍で疲れた経済、崩壊寸前の医療、介護体制、格差が拡がる社会、そして国会ではロシアによるウクライナ侵略を口実に、前のめりに憲法9条改正の発言まで飛び交っています。そんな中で、れいわ新選組は多数派に擦り寄らず、長いものに巻かれず、みんなで丁寧に議論して問題の根本に切り込んできました。ですが、数の論理に押し切られ、かすり傷程度にしか影響を与えることができないんです。なので太郎さんは一大決心をし、せっかく得た衆議院の比例枠の議席をくしぶち万里さんに譲り、捨て身で今度の参院選に臨む決意をしたのです。凄いというか、かっこいいですよね。

参院選挙でれいわ新選組の議席が増えたら、何が変わるでしょうか? わかりますか? 現在、私は文教科学委員会に所属しています。木村議員は国土交通委員会です。委員会では直接、大臣や関係省庁の役人に質問できます。議員が増えたらその分、他の委員会でも質問し、れいわ新選組の政策をもっと国に働きかけることができるのです。それがひとつです。そして5人以上になれば、国会本会議場で総理大臣に対して直接質問することができます。さらに10人以上になれば、れいわ新選組単独で法案を提出することもできるのです。

太郎さんには今の日本を、国会を変えるために、なんとしても多くのれいわ新選組の仲間と共に参議院議員として国会に戻ってきてもらわなければなりません。加えて申すなら、「誰1人取り残されない」「生きていて良かったと思える社会をつくる」という太郎さんの思い、そして国会という権力の場から最も遠ざけられている私たち、重度障害者をそこに送り込もうという意気込みを、我々は十分に感じています。なので、3年前に国会に送り込んでもらえた私は当選以来、命をかけてやってきています。国民の皆さまのために、国会に当事者がいる必要性は訴えて参りました。それによって今、少しは世の中が、国会が変わった実感を得ています。今度の参議院選挙では、より仲間を増やし、山本代表とともにれいわ新選組の新しい仲間とともに皆さんの思いを国会に届け、この日本の社会に蔓延(はびこ)っている問題の解決に取り組んでいけることを熱望、熱望しております。ご清聴ありがとうございました。ふなちゃんでした。

山本太郎:
ふなちゃん、ありがとうございます。れいわ新選組の参議院議員舩後靖彦議員でございました。ありがとうございます。舩後さん、元々バリバリの営業マンだったんですよ。もう億単位のお金を動かすような営業マンだったんですね。けれどもある日、娘さんと腕相撲をしてて負けちゃうんですって。そこから何か自分に異変が起こったってことに気づくわけですよね。持ってたカバン落としちゃったりとか、全身の筋肉がどんどん衰えていく。筋力がどんどん失われていくっていう、ALSという病気にかかってると。難病であるってことがわかると。で、最終的にどうなるかっつったら自発呼吸、自分で呼吸できなくなっちゃうんですって。で、医者から言われるらしいです。自分で自発呼吸できなくなったときに、人工呼吸器つけるか、それかもう死ぬか選ばなきゃいけないんですって。その選択のときに最初は舩後さん、家族に迷惑かけたくないから自分は死ぬ、そう考えて、そう決めてたらしいんです。でも最後の最後に決断しなきゃいけないときに、舩後さんは死にたくないと思ったんですって。心の底から生きたいっていう気持ちが湧き上がってきたって。

みんな健康なときにはわからないんですよ。自分が万が一のときにはどうするかって考えたら、いや、もうそのときはもう当然、死ぬでしょうって健康な人たち思うかもしれない。でも違う。人は揺れる、人は変わる。最終的に考えることは何かっつったら、生きたいっていう思いが湧き上がってくるっていう状態なんですよ。そのときにこの国において、目の動き、そして少し口の奥に挟んだセンサーで十分に表現ができる。国会議員までやってますから。国会質問作ってますから。それによっていろんなことを実現してますから。難病になったから終わり、障害者になったから終わり、高齢者になったから終わりじゃないんですよ。その先、この社会がその人たちをどこまで活躍させられるのかっていうような受け皿なきゃダメでしょ。そういった意味でも非常にこの憲政史上の中で、ALS難病患者の方が国会議員になっていただけるということは意味があること、そう考えています。れいわ新選組参議院議員の舩後靖彦、ふなちゃんでございました。ふなちゃーん。(笑)ありがとうございます。